フード・セキュリティ だれが世界を養うのか
原著は2004年執筆。穀物不足、価格上昇などについての予測は、執筆後4年経た今読むと、まさにそのとおりに進んでいるように思える。ただ、バイオエタノールの広がりと食料生産との競合などについては、わずかしか触れていない。これはその後のブッシュ政権の政策変化もあるのでしかたがない。
いろいろな角度からの見方を大局的な観点からまとめ上げており、非常に説得力がある。食料生産に影響する気候、技術改革、水不足、労働力不足。相互に関わる社会構造、人口増加、社会的緊張・紛争などをまんべんなく取り込んでいる。読みやすいし、入門書としてはピカイチのでき。
紹介されていたトピックのなかで今まで認識しておらず、興味深かったことがいくつかある。以下、備忘録として箇条書き。
・国家破綻・政治的不安定化ともっとも高い相関関係にあったのは乳児死亡率。その次は10代後半から20代の若年層が人口に占める割合の(過度の)高さ。(p48)
・出生率をすばやく低下させた国々は、経済人口学者が名付ける「人口ボーナス」という恩恵にあずかれる。家計貯蓄上昇、投資増大、労働生産性向上、経済成長加速などが起こる。日本(1950年代)、韓国、台湾、香港、シンガポール、中国、タイ、イランあたりがそれにあたる。(p52)
・科学(品種改良)を農業に体系的に応用し、単位面積当たり収量の急増に初めて成功したの1880年代の日本。その成果から生まれた小麦(農林十号)や米の改良種が世界各国の収量増大に寄与した。(p96)
・耕作地が減る原因として、道路、駐車場、また人々が住み、働く建物などの土地が砂漠化と並んで大きな要因となっている。(p130)
・車1台につき人口密度の低い国では0.07ヘクタール、日本を含む高い国では0.02ヘクタールの土地が舗装される。例えばインドでは車が100万台増えると2万ヘクタールが舗装される。その土地が平均的な生産力を持つ耕地の場合、5万トンの穀物を生産でき25万人を養うことができる。アメリカの2億1400万台の車の駐車場の面積は1600万ヘクタール。アメリカでの2004年の小麦作付面積は2100万ヘクタール。中国、インドなど人口の密集した国には、車中心の交通システムを支え、かつ国民に食料を供給していけるだけの土地はない。(p143)
・不耕起栽培(土壌保全型農法)がこの20年、西半球に急速に普及している。不耕起栽培は風食・水食を抑制し、土壌の保水力と炭素含有量を高め、耕起に必用な石油使用量を削減する。(p148)
・人間が一日に摂取するのは4Lだが、一日分の食料を生産するには2000Lの水が使われる。世界の水の70%が灌漑用水として使用されている。「水不足が、食糧不足につながること」は、まだほとんど理解されていない。(p156)
・1トンの穀物を生産するには1000トンの水が必要なため、穀物輸入はもっとも効率的な水の輸入手段となる。穀物の先物取引は、ある意味で水の先物取引といえる。(p171)
・著者が名付けた「ジャパン・シンドローム」とは、人口密度が高い国で工業化が加速すると穀物減産が発生する相互に作用し合う傾向。(1)農地の非農地への転用、(2)穀物が付加価値の高い青果物に取って代わる、(3)農業労働者の都市への流出による二毛作・二期作の衰退、という3つの傾向により比較的短期間に減少する。この「ジャパン・シンドローム」が中国で起きている。中国にはさらに「砂漠化」、「水不足の拡大」という問題も発生している。(p210)
・中国が(穀物取引の)世界市場に参入すれば、穀物価格が上昇し、経済力の弱い多くの途上国が十分な穀物を輸入できなくなるおそれがある。中国の大量買い付けによる「玉突き食糧不足」は、世界経済を揺るがすほどの、政情不安に転じることも考えられる。(p283)
・飢餓はかつては地理的な現象だったが、グローバリゼーションや輸送能力のため、特定の地域より貧しい所得層に集中していく。食糧不足は世界規模の食料価格の値上がりに姿を変え、結局は貧しい人々を苦しめる。(p287)
・日本はカロリー・ベースでの自給率は40%を下回り、飼料用含めた穀物輸入率は70%になる。…WTOのテーブルでも、国家安全保障の立場から自給率を守る権利を主張すれば良い。(p352)
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