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2006/06/02

肝炎の日々

KAZZさんところの文章を読んで、E型肝炎について調べてみて疑問が…。

1988年にインド、ネパールに旅行して、帰国後、肝炎で50日間入院した。入院後、血液採取して、肝炎のウイルスタイプがA型かB型かを調べる検査を行った。たしか結果が出るまで2週間ぐらいかかったかな。で、A型と診断された。
まぁ、麻薬もSEXも無縁な旅だったので、血液感染の機会はない。B型でないことは、検査結果が出る前からほぼ信じていたのだけど…。
でも、当時はC型肝炎などの検査法は確立していなかった気がするし、B型かそうでないかだけの検査だったような気もする(これあいまい)。
もしかして私が罹ったのは、A型ではなくてE型ではなかったのだろうかとちょっと気になる?
まぁ今となっては調べようもないのだけどね~。

そう、その50日間の入院中にはいろいろなエピソードがあったな~。
  • 診察を受けて血液検査の結果出るまで、プラプラ歩いて本屋行って、脂っこいもの食べて帰ってきて検査結果をきいたらそのまま緊急入院。さらに自分で歩くことを許されず車椅子で病室までつれて行かれる。
  • その血液検査は、GOT2800、GPT2200という数値で、医者に驚かれる。
  • 絶対安静ということで3週間入浴も洗髪もできず、頭が割れるほど痒くなる。
  • 尿が赤くなり、便は灰色になり、肌は黄色くなる。で、黄疸は刺すように痒い。
  • 病室(6人部屋)にデスクトップパソコン(PC-9801UX)を持ち込んで呆れられる。
  • 入院した11/20は秋だったけれど、退院した1/8は真冬だった。
  • 入院したときは昭和だったけど、退院した時は平成だった。
  • 昭和天皇崩御の発表を生放送で見る(隣のベッドの人のテレビだけど)。
治療と言っても、点滴を打って安静にしているだけ。すごく退屈かつ、そこそこだけどエキサイティングな日々だったな~。

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コメント

当時は非A非B型肝炎がC型肝炎と呼ばれはじめたくらいの時期じゃないですかねぇ。ましてやE型なんて。
感染歴は抗体調べればわかるんじゃないかなぁ。いまさら調べる意味はないけど。

投稿: 泥山田 | 2006/06/02 23:17

実はウイルス肝炎専門です(専門でした)。A型だったと思われますが、E型の可能性もありますね。A型E型肝炎の診断は、既往感染のIgG型抗体か急性感染のIgM型抗体陽性かで診断しますが、IgG型陽性で間違った判断をする先生がけっこういました。20年前ならば、日本でも知らないうちにIgG型A型肝炎ウイルス抗体陽性になっている人(若い頃の不顕性感染)の率は40代以上で100%近く、20代でも20%以上だったはず。今は40代以上でもほぼゼロ。そのため、最近はA型での重症例が増えています。E型はソビエト、中国、盗難~西アジアでの散髪性、流行性肝炎の一つでしたのでその可能性はあります。まだ、保険適応ではないですが(だから病院ではまだ無理)、抗体を調べれば既往感染は分かります。
C型肝炎ウイルスは1989年に発見、1991年から商業ベースで特に輸血血液のスクリーニングが始まりました。当時年間16万人いた輸血後肝炎が一年で4万人に、その後ほぼゼロに劇的に改善されました。

投稿: kona | 2006/06/03 08:21

KAZZさん、コナさんありがとうございます。
私が受けたA型どうかの検査って、抗体系のものなのでしょうね(IgM?)。この20年ぐらいって、検査手段と精度が格段に向上しているのでしょうが、ちょっとWebで調べただけでは、いつ検査法が導入されたかが分かりませんでした(それに対してC型とかB型の情報は多いですね)。
いずれにしろ、既往感染を調べてみたい気もするけど、個人的興味を超えるメリットはなさそうなので、やらないような気がします。

それにしても、あんな楽で退屈な入院体験というのは、今後ないだろうな~(入院はあったとしてももっとハードだろうし)。

投稿: ひゅ~ず | 2006/06/03 17:27

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